パサルガダエ

パサルガダエ(ペルシャ語でپاسارگاد)は、古代ペルシャの都市で、今日では、ユネスコの世界遺産に登録されている。ペルセポリスに残るエラム語の楔形文字によると、パサルガダエの名前は、Batrakataš と訳することができ、古代ペルシャ語の Pâthragâda が古代ギリシャ語に移入したとされるが、その意味は不明である。
パサルガダエはペルセポリスの北東87キロメートルに位置し、現在のファールス州にある。パサルガダエは、ペルシャ帝国の最初の首都であり、紀元前546年に、キュロス2世の手によって建設が開始された。しかし、その建設は途上に終わった。というのも、紀元前530年前後の戦争中に、キュロス自身が死亡したからである。ダレイオス1世がペルセポリスに遷都するまで、パサルガダエは、ペルシャ帝国の首都として機能した。現在の名前はギリシャ語が起源である。
パサルガダエ考古遺跡は、1.6平方キロメートルの広さであり、キュロス2世の墓と伝えられる建造物、丘の近くにそびえるタレ・タフト要塞と2つの王室の庭園から構成される。パサルガダエに残る庭園は、イランで最初の四分法に基づいて建設されたイラン式庭園である。
パサルガダエの土木工学における最近の研究では、ハカーマニシュ朝の技術者は震度7の地震でも耐えうる設計をパサルガダエに施していた。今日では、Base Isolation と言う方法を用いていたが、この建築方法は、原子力施設で今日も多くの国が採用している方法であり、また、日本のような巨大地震が頻発する国で用いられている免震方法である。
外国の墓はでかいなーーー(o´・∀・`o)
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