「イラン」国のなりたち・・・その3
運動は年々激化し、皇帝はついに1979年1月イランを出国、そのあとイスラム教の最高指導者ホメイニ師が亡命先から帰国しました。
同年3月、国民投票によって共和制移行を決定、国名を「イラン・イスラム共和国」と改めました。
この共和国の前には重大な問題が続出しました。
テヘランの米大使館占拠と館員の人質事件(79年11月)、国民投票で選ばれたバニサドル大統領と宗教指導者との対立と大統領の国外脱出(81年7月)、イラン・イラク戦争の勃発(80年9月)、相次ぐ爆発事件による多数の宗教界の指導者や政界要人の死亡など混乱が続いた。
88年イラクと停戦が成立、国内再建にのりだしました。