なんてこたぁない。ただの昔の・・・その5

藤田まことと白木みのるのふたりのほかにも、多くのレギュラーがいました。

番組の冒頭、村の辻堂から時次郎が出てきます。

するときまって、カバのようなオッサンが、ある時は雲助、ある時は飯盛り女と、いろいろな扮装で出てはからむ。

こいつをやっつけると「俺がこんなに強いのも、当たり前田のクラッカー」のキマリ文句、いやキマリCMが出るのでした。

このカバ男は吉本興業の原哲男です。

初期のレギュラーには、浪人水上三四郎(入川保則)、これを追う目明かし三平(故・平参平)、それに三四郎を慕う武家娘がいました。

この娘役は山東昭子でした。

もちろんまだクイズの女王にも、参議院議員にもなっていません。

なんてこたぁない。ただの昔の・・・その2

こんばんは。

さてさて、前回の続きといきましょうか'`ィ (゚д゚)/

時は幕末、親分の命令で「男を上げるため」旅に出た時次郎は行く先々で騒動に巻き込まれ、当初の目的はどこへやら、物語はどんどん進行していく。

ところで「てなもんや」とは「わいがソノ気になったら、イチコロ、てなもんや」の「てなもんや」。

大阪弁です。

本当の実力はこんなもんだぞ、と言っているようで、実はカラいばり、負け惜しみです。

藤田まこと扮する時次郎は、腕と度胸にはちょっと自信があるものの、無学文盲、おっちょこちょいで、しかも女にはからきし弱い。

いい女が登場すると「きれえなねえちゃんやわ~」と、長い顔をさらにのばしてしまうのです。

このキャラクターこそ「てなもんや」の名にふさわしいのです。

なんてこたぁない。ただの昔の・・・その1

知っている人は知っている~な番組です。

昭和30年代後半から40年代にかけて、日曜の夜6時といえば、かならず「てなもんや三度笠」にチャンネルを合わせていました。

「てなもんや」の公開放送が開始されたのは、1962(昭和37)年5月6日、もう四半世紀以上たってしまった。

放送終了が68年だから、6年間も続いた。

てなわけで「あたし、そんなの知らない」なんていう方も、日本のコメディ史のなかで、絶対に欠かすことのできない番組ですから、しばらくおつきあいください。

さて、「てなもんや三度笠」は三下やくざ、あんかけの時次郎と、小坊主珍念の繰り広げる珍妙な道中記です。

詳しくは次回から( ゚ω゚ )よろしくお願いいたします。

クウェートの政治・経済

サバーハ家から選ばれる首長を元首とする君主国。

独立の翌1962年に憲法を制定したが、首長によるほぼ独裁の体制が続いてきた。

世界有数の産油国で、その収入により工業開発、社会福祉制度の充実など豊かな社会を築きました。

しかし90年8月に発生したイラクの侵攻により国内経済は一時完全に破壊されました。

戦後は国際的支援を得て石油生産は目覚ましい復旧をみたが、この間に、国民の間に首長家に対する民主化要求が高まり、議会の再開、総選挙の実施、婦人参政権問題などの要求が出され、政府はその対応をせまられています。

クウェートの国のなりたち・・・その3

19世紀後半に入ると、ドイツおよびロシアがペルシア湾進出を狙い始めたため、イギリスは1899年、7代目首長のムバラヘクの時代にクウェートをイギリスの保護領とした。

このためクウェートは第1、第2次大戦時にイギリスの傘下で平和を維持することができた。

1950年代に入り、アブドゥーラ第11代首長は豊かな石油収入をもって国内開発、工業化をはかり、近代的福祉国家をめざして発展を続け、1961年6月イギリスから完全に独立しました。

クウェートの国のなりたち・・・その2

8世紀の初頭、アラビア半島の中央部からセム系のバニ・ウトバ族がこの地に移住し、ここに町を築いたのが国家としての始まりで、一族の中心となったのがサバーハ家である。

同家の家長サバーハは住民の信望を集め、1756年に住民を代表する首長(アミール)に選ばれました。

これが現在のサバーハ家の起源である。

以後クウェートはサバーハ家歴代の首長を中心に発展を遂げました。

クウェートの国のなりたち・・・その1

紀元前3500年頃からすでにこの地方には人が居住し、ペルシア湾で商業活動などに従事していたといわれています。

当時は、現在のクウェートの沖合にあるファイラカ島がその中心で、シュメール、バビロン、ペルシア、サラセンなどの各時代を通じて東西貿易の基地の1つとして賑わった。

16世紀に入って欧州列強の進出が始まり、まずポルトガル人が城塞を築いて、ペルシア湾一帯の拠点としました。

ちなみにクウェートとはアラビア語で「小さな要塞」を意味し、国名の由来となっています。

ポルトガルに続いてオランダが進出したが、やがてイギリスの前に姿を消し、ペルシア湾一帯はイギリスの影響下に入ることになった。

クウェートの地理・気候・風土

ペルシア湾の西岸にあって、日本の岩手県と香川県を合わせた面積とほほ伺じ大きさでです。

国土の大半は海抜10数メートルから80数メートルまでの平坦な砂漠となっています。

クウェートの気候は四季がなく、乾燥酷暑の長い夏と、短期間ではあるが比較的涼しい冬に分けられる。

特に6月から9月までの気温は50℃前後にまで上がることがしばしばで、高温のうえに熱風の吹きつける焼けるような暑さが続きます。

12月から3月までの日中の各月の平均温度は30℃以下に下がり、特に1月と2月は20℃を少し超える程度で、多少の降雨をみるのもこの時期です。

クウェートの社会と文化

国民のうちクウェート人は3割程度で、他はパレスチナなど他のアラブ人、アジア系人で占められています。

中東世界の中では比較的自由で、西欧的な社会を築いているといえるでしょう。


■日本との関係
クウェートの貿易相手国として、日本は輸出入とも第1位を、日本の石油輸入量ではクウェートは第4位を占めます。

また、日本の進出企業も多く、在留邦人は1983年で2000人に及んびました。

両国要人の相互訪問も頻繁に行われてきました。


国名クウェート国
英語名StateofKuwait
独立年月日1961年6月19日
国連加盟年月1963年5月14日
主要国祭日2月25日(ナショナルデー)

「イラン」社会と文化

帝政時代に近代化が進められたが、革命中は一転してイスラム法による旧社会への回帰が強制されました。

男女共学制の廃止や女性の服装、また刑罰や裁判などにそれが極端にみられます。

■日本との関係
シルクロードの時代から因縁の深い両国であり、近年は石油を通じて極めて緊密な結びつきを有してきました。

革命後はその政情不安から一時中断されたが、本来親日的、友好的な両国関係はしだいに復活しつつあります。

イラン人労働者の日本入国が急増しているのも一つの特徴です。


国名イラン・イスラム共和国
英語名IslamicRepublicofIran
独立年月日BC708年建国(メディア帝国)
国連加盟年月1945年10月24日(原加盟国)
主要国祭日2月11日(革命成就の日)

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